男子・女子ラクロス 大学生向け総合案内所

 地上最速の球技ラクロスの起源の歴史から大学生初心者向けルール講座・用品案内・よくある疑問とその解を掲載。





ラクロスの歴史

ラクロスはLacrosseと書きますが、本来はla crosseで、笏杖(シャクジョウ)という意味です。ラクロスはインディアンによって広く各地で行われている競技であり、そのスティックが、カトリック司教が教会の象徴として儀式で携帯した笏杖に似ていたため命名されたといわれます。

インディアン達にとって、もともとラクロスとは、戦士としての訓練という意味が強いのが特徴でした。実際に衝突の激しい競技であり、それが戦争の熱気あふれる場面に似ていたため、訓練として使われていました。また、そこで得たスキルは、戦争以外にも狩りに必要な忍耐力を得る機会として活用されていました。

ラクロスがスポーツとして認められるようになってきたのは1830年代以降です。1856年には、カナダのモントリオールでラクロス・クラブが発足し、会員達が競技としてのルール改定をしていきました。

カナダ自治領が制定された1867年の同じ日に、ラクロスはカナダの国技と宣言されました。これにより、カナダのラクロスのクラブは10倍以上の数に膨れ上がり、人気をつけていきます。その後、モントリオールの歯科医、W・ジョージ・ビヤーズはカナダ・ラクロス協会を発足させ、競技のルールを明文化しました。

カナダで競技としてのラクロスができると、徐々に世界へ知名度が広がっていく事となります。まず、1867年に、インディアンチームがイングランド、アイルランド、フランス、スコットランドに遠征をした。その結果、イングランドでも関心が高まり、ブラックヒースとリッチモンド、リヴァプールにクラブが誕生し、1868年には全英ラクロス協会が誕生しました。

さて、こうしてカナダから、世界に拡大したラクロスが、日本に伝わってきたのは1980年代のこと。1986年に日本で初めてのチームが慶應義塾大学に誕生したのが始まりとされます。その後、1987年に日本ラクロス協会が発足。日本での本格的な学生リーグが開催されるようになったのは1988年のこと。そして1989年には初の国際親善試合も行われました。本格的に日本が世界の舞台に登場したのは、ワールドカップへの正式参加からで、女子は1993年の第4回大会から、男子は1994年の第7回大会からです。

現在では多くの大学にラクロスチームがあり、急速に普及が進んでいます。これらのことから、私はこれからが期待できるスポーツとして注目しています。